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岡山地方裁判所 昭和62年(ワ)655号 判決 1990年7月26日

原告

国塩立夫

ほか一名

被告

重谷友明

主文

1  被告は、原告国塩立夫に対し、金一一〇九万六七三六円及びこれに対する昭和六〇年一一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告国塩厚子に対し、金二二〇万円及びこれに対する昭和六〇年一一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告らのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告の負担とし、その四を原告国塩立夫の負担とし、その一を原告国塩厚子の負担とする。

5  この判決は、原告らの勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

一  被告は、原告国塩立夫に対し、金六五一〇万円及びうち金六二〇〇万円に対する昭和六〇年一一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告国塩厚子に対し、金九五〇万円及びうち金九〇〇万円に対する昭和六〇年一一月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車と衝突した自転車の運転者とその妻が、自賠法三条に基づき、損害賠償を求めるものである。

一  争いのない事実

被告は、昭和六〇年一一月一五日午後六時五分ごろ、岡山県赤磐郡山陽町尾谷八八二番地先道路(本件道路)上を、同人が所有し、自己のために運行の用に供する普通乗用自動車(岡五七ま六一三三、加害車)を運転して、別紙図面記載のとおり走行中、別紙図面記載のとおり道路を横断進行してきた原告国塩立夫(原告立夫)が運転する自転車(瀬戸一三八〇七、被害車)に出会い頭に衝突させ、原告立夫に対し、脳挫傷等の障害を負わせた(本件事故)。

二  争点

1  原告らの損害額

2  過失相殺

被告は、原告立夫には、自転車横断帯を通行せず、また被告の進行路より明らかに狭路である道路から交差点を横断するに際し、停止線で停止せず、前方、左右の安全を確認せず、かつ飲酒のうえ、無灯火で被害車を運転し、被告が走行する優先道路に進入、横断していた過失があると主張する。

3  損害の填補

第三争点に対する判断

一  損害額(慰謝料及び弁護士費用を除く)

1  治療費 三四〇万二七九八円

証拠(甲一五ないし二四)及び弁論の全趣旨により認められる。

2  付添看護費 二七二万八〇三六円

証拠(甲三ないし一二、一四、四〇の三ないし六一)及び弁論の全趣旨により認められる。

3  入院雑費 四二万五七〇〇円

原告立夫は、三八七日間入院し(甲三ないし一二、一四)、その間における入院雑費は一日当たり一一〇〇円と認めるのが相当であるから、右金額となる。

4  交通費、雑費など

右費目について具体的な主張及び立証はない。

5  休業損害 一七八万九三五八円

原告立夫は、本件事故発生当時、有限会社藤元組で左官として働き、月額平均一四万九六六円の賃金を得ていた(甲三三ないし三五、原告厚子)が、前記入院期間中(但し、昭和六〇年一一月一五日を除く三八六日、即ち同年一一月は一五日間、以後翌一二月から昭和六一年一一月まで一二か月及び昭和六一年一二月一日から六日間)働くことができなかつたから、この間における休業損害は一七八万九三五八円となる。

140,966×(15÷30+6÷31+12)=1,789,358

(一円未満は切捨て)

6  後遺障害による逸失利益 五〇七七万三六八〇円

原告立夫は、本件事故により、脳挫傷、頭蓋骨骨折、全身打撲擦過傷の傷害を受け(甲三)、川崎医科大学付属病院及び山陽病院で治療を受けたが、昭和六一年一二月六日その症状は固定し、その所見は、他覚的には、脳波において全誘導に徐波が散発的に認められ、CTスキヤンによれば脳萎縮が認められ、生活観察の結果によると、易怒性、失見当識、作話、健忘著明があり、動作は緩慢で、時々尿の失禁があって(甲二六、二七、二九)、頭部外傷により神経に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして、右後遺障害は、自動車保険料率算定会損害調査事務所により自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級三号に該当するとの認定を受けている(甲二八)。

原告立夫には、右受傷のうち脳挫傷による器質性脳障害、器質性精神障害があり、身体の活動そのものには不自由はないが、認識、記憶、判断、予見、統御といつた精神活動に基づき行動し、これを調整することは、事故前に獲得されているものを基礎にできる部分もあるが、殆ど困難であり、耐性はなく、行動にも持続性がなく、特に失禁があり、喫煙をするが火の使用をさせることは危険である等、原告立夫の日常生活を円滑に維持させるためには介護は要するものである。しかし、いわゆる植物人間ではない(甲三八、原告厚子、被告)。

右事実によれば、原告立夫は、右後遺障害により、前記症状固定の日から六七歳に達するまで少なくとも二一年間を通して、その労働能力をすべて失つたものと認めるのが相当である。

右期間における原告立夫の逸失利益については、原告立夫が前記左官収入のほか、農業の自営による収入もあるが(甲三六、三七、原告厚子)、その農業収入額は不明であり、原告立夫は、中学卒業後から本件事故時まで左官として勤務し、昭和六〇年一月以後の稼働日数は多日数月でみて一か月約二〇日であつて、日給計算で前記賃金を得ていた(甲三三ないし三五、原告厚子)こと、原告立夫の他の職歴、技能等についてはこれを認めうるなんらの証拠がないことを総合すると、原告立夫は、前記症状固定の日から六七歳に達するまで、年額三六〇万円(昭和六三年賃金センサス第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢の年収額の約六〇パーセント)の収入を得ることができたものとするのが相当であるから、この年収額をもとに、ホフマン方式により中間利息を控除して、右二一年間の逸失利益の現価を求めると、五〇七七万三六八〇円となる。

3,600,000×14.1038=50,773,680

7  介護料 一八二四万七〇五〇円

前6認定の原告立夫の症状固定時後の状態によると、症状固定時後原告立夫が八二歳に達するまで三六年間、介護の必要性があり、その介護の内容及び費用(甲三二、原告厚子)から、その介護料は平均年額九〇万円とみとめられるから、ホフマン方式により中間利息を控除すると、右期間の介護料は一八二四万七〇五〇円となる。

900,000×20.2745=18,247,050

二  過失相殺

本件事故の発生した場所は、別紙図面記載のとおり、片側二車線で全幅員約一三・八メートルの東西道路と、片側一車線で全幅員約四・四ないし六・八メートルの南西から北東に通ずる道路が交わる、信号機の設置されておらず、また照明設備のない変形交差点であり、被告の進行道路は、速度制限はなく、右交差点進入前の路上に徐行のマークが印されており、また原告立夫の進行道路の右交差点直前には一時停止の表示がなされており、右各道路の周辺は農地ばかりで、いずれの方向からも見通しは良好な地理的状況にあつたが、本件事故発生当時は、一一月中旬の午後六時すぎで、暗くなつたばかりの時間帯であつて、照明のない本件交差点付近は見えにくい状況にあつた。また、別紙図面記載のとおり、右交差点東部分には、横断歩道とこれに沿う自転車横断帯が設けられている。被告は右広路を西から東に向けて時速約六〇キロメートルで加害車を運転して走行中、別紙図面<1>地点でA地点に自転車に乗つている原告立夫を発見し、即座に急制動をかけハンドルを左に転把したが及ばず、<2>地点で加害車を右自転車に衝突させ、原告立夫を一七メートル先に撥ね飛ばし、加害車は約一五・六メートル滑走して<3>点で停止した(以上、乙一、被告)。

右事実によると、原告立夫の右交差点内における進行状況はほぼ別紙図面記載の矢印のとおりであること、原告立夫は右交差点を進行中、左右の確認を十分にしていなかったことが推認でき、この事実と被告の供述によれば、その進行速度は人の早足歩行程度であったことが推認できる。

しかし、原告立夫が右交差点進入前に前記一時停止線のところで一時停止をしなかつたと認めうる証拠はない。また、原告立夫は当時飲酒した後ではあるが(証人吉岡康成)、同人が酩酊していたと認めうる証拠もない。そして、原告立夫が自転車を無灯火で運転していたか否かについては、事故直後の自転車の見分では、発電機は自転車のタイヤに接触しておらず、発電機のレバーを倒してもタイヤに接触しなかつたことから、実況見分をした警察官は無灯火であつたと推定した(証人吉岡康成)が、前記のような事故状況と乙一号証の写真一五ないし一七からすると、本件事故による衝撃によつて右のような発電機及びそのレバーの不具合が生じることも否定できないから、いま直ちに無灯火であつたとはいい難い。

前記認定事実によると、被告が走行していた東西道路は、原告立夫の進行してきた道路より明らかに広路ではあるが、暗くなりかけ、周囲の状況の見にくいときに、信号機がなく交通整理の行われていない、しかも照明のない交差点に進入し、通過するのであるから、被告は右交差点を通行する車両等に注意し、できるだけ安全な速度で進行すべき義務がある(道路交通法三六条四項)ところ、前方注視が疎漏であり、減速もせず、時速約六〇キロメートルのまま進行した過失により、原告立夫の自転車の発見が遅れたものであり、他方、原告立夫は、右交差点付近(東部分)に自転車横断帯があるのであるから、同人が右交差点を通行するには、この横断帯を進行しなければならない(道路交通法六三条の七第一項)ところ、原告立夫はこの横断帯から大きく離れて、交差点の左部分から中央にかけて自転車を走らせ、しかもその速度は人の早足程度である(速やかに進行すべきで、必ずしも前記安全速度とはいえない)にもかかわらず、右交差点内を進行中、左右の安全確認を怠つた過失があったというべきであり、これらの原告立夫と被告の過失の競合によって、本件事故が発生したものということができる。

右各過失の内容、程度を対比すると、原告立夫の損害はその五割を減額するのが相当である。

三  慰謝料 原告立夫 一〇〇〇万円

原告厚子 二〇〇万円

原告立夫の受傷及び後遺障害の内容、程度、介護の必要及び原告立夫の過失を含む以上認定の事情を総合、考慮すると、原告立夫の入院慰謝料一五〇万円、後遺障害慰謝料八五〇万円、合計一〇〇〇万円、原告厚子の慰謝料二〇〇万円とするのが相当である。

四  損害の填補 三八〇八万六五七五円

本件事故による損害につき、原告立夫に対し、被告等が八五八万八八〇四円、自賠責保険金として二五〇〇万円、労災保険金として二五七万七七三七円(療養補償、休業補償)が支払われ(以上は争いがない)、労災保険の障害年金として一九二万三四円、障害特別年金として一二万八六二五円、就学援助費として五二万八〇〇〇円が支払われている(乙四)。しかし、右障害特別年金及び就学援助費は、労働者災害補償保険法二三条の労働福祉事業としての援護(同条一項二号)として支給されているものであり、保険給付ではなく(これに対し、右障害年金は同法一五条による障害補償給付としての保険給付である)、同法一二条の四による政府の損害賠償請求権の代位取得はないものというべきであるから、右障害特別年金及び就学援助費は、前認定の損害を填補するものとはいえない。したがつて、原告立夫の本件損害に填補される額は合計三八〇八万六五七五円である(右労災保険給付を損害賠償請求額から控除すべきことについては、最高裁昭和五二年五月二七日判決・民集三一巻三号四二七頁、同年一〇月二五日判決・民集三一巻六号八三六頁)。

してみると、本件事故による原告立夫の損害額は、前一の1ないし3、及び5ないし7認定の合計額七七三六万六六二二円の五〇パーセントである三八六八万三三一一円に右三認定の慰謝料を加えた四八六八万三三一一円であるから、これから右填補の合計額を差し引くと一〇五九万六七三六円となり(なお、前記労災保険の療養補償給付の額は前認定の積極損害を、休業補償給付と障害補償給付の額は消極損害をいずれも超えない。また過失割合による減額をしたその残額から前記労災保険給付を控除することについては、最高裁平成元年四月一一日判決・民集四三巻四号二〇九頁)、原告厚子の損害額は二〇〇万円となる。

五  弁護士費用 原告立夫 五〇万円

原告厚子 二〇万円

原告らは、本件訴訟の提起及び追行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、報酬を支払うことを約している(弁論の全趣旨)から、本件訴訟の経過、認容額等を考慮すると、本件事故と因果関係のある損害としての弁護士費用は、原告立夫につき五〇万円、原告厚子につき二〇万円とみるのが相当である。

(裁判官 岩谷憲一)

交通事故現場図

<省略>

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